1. 量子推定問題の概要
未知パラメータ λ=(λ1,…,λm) に依存する量子状態
ρ(λ)
から λ を推定する際、測定に先立ち達成可能な精度の限界を知りたい。
この限界を与える中心量が 量子フィッシャー情報量(QFI) であり、
量子幾何テンソル Qij の実部=量子計量テンソル gij と一致する。
2. 純粋状態の場合の QFI
パラメータ依存純粋状態 ∣ψ(λ)⟩ に対し、
Qij=⟨∂iψ∣∂jψ⟩−⟨∂iψ∣ψ⟩⟨ψ∣∂jψ⟩,gij=ℜ[Qij].
2.1 クラメール・ラオ限界(多パラメータ)
Cov(λ^)⪰N1g−1,
ここで N は独立サンプル数。等号達成には、推定量と測定が “対応” する必要がある。
3. 混合状態での QFI
密度演算子のスペクトル分解 ρ=∑kpk∣k⟩⟨k∣ を用い、
gij=21k,l∑pk+pl⟨k∣∂iρ∣l⟩⟨l∣∂jρ∣k⟩,pk+pl=0.
この式は 対数導関数オペレータ Li を介して
gij=21Tr[ρ{Li,Lj}] とも書ける。
4. 一つの位相パラメータ:単一量子ビット例
状態
∣ψ(θ)⟩=21(∣0⟩+eiθ∣1⟩)
の位相 θ を推定する場合、
gθθ=1,Δθmin=N1.
測定として {∣+⟩,∣−⟩} 基底(パウリ X 測定)を取れば、
クラメール・ラオ限界に到達できる。
5. 多パラメータ干渉:光学位相シフト回路
m 本の光路位相 ϕ を同時推定する干渉計を考える。
入力が多モードスクイーズド状態の場合、量子計量テンソルは
gij=4(⟨n^in^j⟩−⟨n^i⟩⟨n^j⟩),
n^i は各モード光子数。ここから ショット雑音限界 Δϕ∝1/N よりも
良い縮退スケーリング(ヒンターゼーン限界など)が導かれる。
6. 量子計量テンソルの設計指針
目的 | 必要な gij の特徴 | 実現手段例 |
---|
高感度センサー | detg を最大化 | スクイーズド・絡み合い状態準備 |
ノイズに対するロバスト推定 | gij の固有値スペクトルを平坦化 | デコヒーレンスフリーサブスペース |
並列多パラメータ推定 | gij のオフ対角成分を抑制 | 適切なエンコーディング/測定設計 |
7. ベリー曲率との双対性
量子幾何テンソルの 虚部=ベリー曲率 Ωij は、推定量のパラメータ空間における幾何的位相を反映し、
パラメータ変動がループを描くとき測定結果に偏り(ジオメトリックポンプ)が生じる。
計量(感度)と曲率(位相)は互いに独立ながら、QGT の 2 側面として同じ数式に宿る。
8. まとめ
- 量子幾何テンソル Qij の実部=量子計量テンソルは 量子フィッシャー情報量。
- クラメール・ラオ限界は g−1 で決まり、最小分散推定精度を与える。
- ベリー曲率は位相的バイアスを記述し、パラメータサイクルでのポンピング現象に関与。
- 量子センサー設計では、gij をエンジニアリングしつつ、Ωij の副作用も管理する必要がある。
次回(第5回)は、量子幾何に基づく 最新の研究成果と応用例 を概観し、トポロジカル量子計算や量子制御への展開を紹介します。